小売業における労災事故の実態と後遺障害

弁護士 田村 淳

小売業の現場では、転倒や落下物、バックヤードでの挟まれ・ぶつかりといった労災事故が多発しており、それらが重篤な後遺障害につながるケースも少なくありません。小売業は接客や品出し、搬入・搬出、倉庫内作業など多岐にわたる業務があり、業務の特性上、さまざまな事故が起こり得ます。とくに高齢者やパートタイム労働者など、体力面・経済面での不安を抱える労働者が多く働いている業種でもあり、労災による長期休業や後遺障害は生活に深刻な影響を与えます。

以下では、小売業で典型的な労災事故ごとに想定される後遺障害や会社責任のポイントについて解説します。

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1. 転倒事故による労災と後遺障害

小売業における労災事故の中でもっとも多いのが、転倒事故です。売場では清掃後の水濡れ、冷蔵ケースからの結露、床に落ちた商品、通路に置かれた荷物、段差、視界不良など、転倒の原因となるリスクが常に存在します。これらにより、従業員が転倒して骨折や捻挫、打撲などを負うケースが後を絶ちません。

特に中高年層の女性従業員に多く発生しており、骨折後に可動域制限や痛みが残るケースでは、後遺障害等級の認定対象となり得ます。

骨折による後遺障害の典型例として、橈骨遠位端骨折により手関節の可動域が制限され、家事や接客業務に支障が出る事例があります。また、転倒時に膝を強打して半月板損傷を起こし、歩行や立ち仕事に支障が残った事例もあります。

2. 荷物の落下や高所からの墜落による労災と後遺障害

商品棚や在庫ラックからの落下物、あるいは脚立作業中の墜落なども、小売業で典型的な労災事故です。特に商品の陳列や棚卸作業の際に、棚上の重量物が従業員の頭や肩に落下する事故が発生することがあります。

頭部に落下物が直撃して頭蓋骨骨折や脳挫傷を負った場合、外傷性脳損傷による高次脳機能障害が残る可能性があり、等級認定では1級から9級までの幅広い範囲が検討されます。片目の失明や複視が残った場合は、8級~10級の視覚障害等級に該当することがあります。

また、背中に荷物が直撃して脊椎を骨折し、脊柱に変形を残したり、神経障害が残る場合可能性があります。特に腰椎圧迫骨折の後遺症として、慢性的な腰痛や下肢のしびれが残った場合には、神経症状として12級13号や14級9号が認定されることもあります。

頭部外傷では外見上分かりづらい障害が残ることもあり、家族や職場の証言、専門的な神経心理学的検査、MRI・CTなどの画像診断結果などを通じて丁寧に立証していくことが重要です。

3. バックヤードでの挟まれ・ぶつかり事故による後遺障害

台車やカート、搬入用機械との接触・衝突、荷物の積み下ろし時の不注意による事故も多く発生しています。バックヤードはスペースが狭く、重い荷物の搬送が頻繁に行われるため、事故のリスクが高い環境です。

例えば、手指をはさんで骨折した場合、神経症状が残れば、12級や14級が認定される可能性があります。また、関節可動域の制限が生じた場合には部位や程度に応じて4級から14級の後遺障害が認定される可能性もあります。

また、重い荷物を運搬中に腰を痛め、坐骨神経痛のような神経症状が残るケースでも後遺障害12級や14級と判断される場合があります。

機械に巻き込まれて手指の一部を失った場合、欠損の範囲に応じて3級から12級が認定される可能性があります。切創による腱断裂で握力低下が生じ、接客業務や品出し作業に支障が出るような場合も、後遺障害12級や14級と判断される可能性があります。

後遺障害の等級認定では、可動域や筋力、神経学的所見などの医学的根拠が重視されるため、画像診断や神経学的検査の結果を診断書にきちんと記載してもらうことが重要です。

4. 会社の安全配慮義務と責任追及のポイント

これらの事故において、会社に安全配慮義務違反が認められる場合には、労災保険とは別に損害賠償請求が可能です。たとえば、床の水濡れを放置していた、重量物の棚積みを安全確認なしに行わせていた、狭い作業スペースで複数人の作業を重ねていた、安全教育がなされていなかった、などの事実があれば、企業の過失として損害賠償責任が問われる可能性があります。

東京高裁令和4年6月29日判決では、居酒屋店舗の従業員が雨で濡れた屋外階段で転倒し負傷した事故について、会社が階段の滑り止め加工や注意喚起、安全な履物の支給等を怠っていたことから、安全配慮義務違反を認定されました。店長が同階段での過去の転倒事故を把握していたにもかかわらず、具体的な再発防止策を講じていなかった点も判断に影響しています。

また、大阪高裁平成13年7月31日判決では、コンビニ店舗でモップ清掃直後に客が転倒した事故について、清掃後の乾拭き等を徹底せず滑りやすい状態を放置していた点を過失と認定し、本部(フランチャイザー)にも安全配慮義務違反が認められました。

このような裁判例からも明らかなように、企業側が事故の予見可能性があるにもかかわらず、適切な措置を講じなかった場合、安全配慮義務違反として損害賠償が認められる可能性が高まります。

労災被害に遭った労働者としては、事故当時の現場の状況(床の濡れや照明の有無、注意喚起の掲示など)、過去の同様事故の有無、安全教育や指導の内容、使用していた備品の状態(靴、脚立など)など、事故を防ぐべきだった証拠や事情を整理し、事故後なるべく早い段階で記録・収集しておくことが重要です。被災直後の現場写真、作業指示書、安全教育の実施記録、事故報告書、労働基準監督署の調査報告などを保管し、企業の過失を立証する手段として活用しましょう。

5. まとめ

小売業における労災事故は、日常的な業務の中に潜む危険から生じており、事故によっては重度の後遺障害が残ることもあります。労災保険による補償だけでは十分な救済が得られないこともあるため、適切な後遺障害等級認定を受けたうえで、必要に応じて会社に対する損害賠償請求を検討することが、被災者の生活再建にとって重要となります。

被災者自身やその家族が正当な補償を受けるためには、事故発生直後からの対応(証拠確保、診断書の取得、医師とのコミュニケーション)が重要であり、また、専門家に相談することで不利益を避けることも可能です。小売業という一見「軽作業」に見える職種でも、事故の被害は深刻化しうることを踏まえ、すべての労働者が安心して働ける職場環境づくりと、事故発生時の迅速な補償対応が求められます。