「安全配慮義務」って何ですか?~法律論のおはなし~

弁護士 渡邊 佳帆

1.はじめに

弊所においては、現在(令和7年1月)、労災の対応分野としては、事故型の労災で、勤務先への慰謝料請求のみとなっております。
慰謝料請求においては、安全配慮義務違反を主張することが多いです。
安全配慮義務違反って何?とお思いになる方も多いのではないでしょうか。
今回のブログでは、労災事故において慰謝料を請求する場合の法律構成、安全配慮義務違反の内容についてお話します。

2.慰謝料請求をする際の法律構成

(1)例えば、こんな事案

あなたは引越し業者で働く正社員(ということにしておいてください)。勤務を始めて数年がたち、経験も積み、周りから頼りにされることも増えました。本日は勤続20年に及ぶベテラン先輩社員1名、新進気鋭の後輩新社員1名と組み、3人で一人暮らしの青年の引越しのお手伝いです。手際よく段ボールを運び出し、せっせせっせとトラックの荷台に積みます。

リズミカルに荷物を運んでいた、その最中! あなたが荷台の真ん前に立ったその時、なぜかトラックが突然後進(バック)し、あなたに激突! 「ボキッ」という嫌な音がし、そこで記憶が途絶えました……。

次に目が覚めたらあなたは病院にいて、左腕を骨折していました。後から、運転席に座っていたベテラン社員が車体の後ろをよく確認せず、トラックをバックさせたことがわかりました。社内の規則やあなたの経験上、荷台に荷物を積み込んでいる最中にトラックが動くことはありません。そもそも、一緒に荷物を運んでいるはずの2人のうち誰かが運転席に座っていることすら予測困難でした。あなたに落ち度がないことは、ベテラン社員も会社側も認めていました。

あなたは仕事を休むことになりました。しかし、残念ながら有給はすでに使い切っています。あなたの勤め先の会社では、休んでいる最中のお給料は出ません。当面の資金を確保する必要があります。

あなたは労働基準監督署に労災保険給付を請求、労災と認められました。その結果、治療費と休業補償給付(実際に休業した日数×給料の日額の60%)、休業特別支給金(休業日数×給料の日額の20%)を受給することができました。

当面の生活費の心配がなくなったとは言え、自分に落ち度がないのに左腕を骨折し、釈然としません。左腕を見ては涙をこぼす日々。あなたは、勤め先の会社に対して慰謝料請求をすることにしました。

(2)法律構成1つ目―債務不履行に基づく損害賠償請求―

 民法415条1項

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

「その債務の本旨に従った履行をしない」ことを債務不履行といいます。債務とは、「特定の者が、特定の者に対し、特定のことをする義務」です。今回のケースでいえば、「会社が、あなたに対し、特定のことをする義務」です。  

さて、会社があなたに対して「特定のことをする義務」が本件においては「安全配慮義務」にあたります。安全配慮義務の内容については後ほどご説明します。

 

ちなみに、債務不履行によって生じた損害に慰謝料(=精神的苦痛に対する賠償)が含まれるのかどうかですが、裁判例・実務においては、含まれると解釈されています。

3.法律構成2つ目―不法行為に基づく損害賠償請求―

 民法709条

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 民法715条1項

ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」することを不法行為と言います。この「過失」とは、「うっかりしていた~」というような内心の注意不足を指すのではなく、「違法な結果の発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要とされる行為をしなかった結果回避義務違反」とされています。ベテラン社員は、車体の背後を確認してからバックさせなければ、車体の後ろにある人や物にトラックを激突させることを予見することができました。しかし、車体の背後を確認する注意義務があったのに、これを怠ってバックし、あなたにトラックを激突させたということで、結果回避義務違反=過失が認められます。ベテラン社員は、あなたに対して、不法行為責任を負うといえます。

(ほかにも要件がありますが、検討をとばします。)

民法715条1項は、「被用者がその事業の執行について」民法709条の責任を負うときに、「ある事業のために他人を使用する者」が、その賠償責任を負うという規定です。今回のケースでは、「ある事業のために他人を使用する者」はあなたの勤め先の会社、「被用者」はベテラン社員にあたります。

ベテラン社員は、引越し業務の最中にあなたにトラックを激突させたので、「その事業の執行について」あなたに損害を加えたといえます。会社はベテラン社員を使用することで、会社の利益をあげています。それにも関わらず、会社が「知~らね」とほっかむりを決め込んだらあなたが浮かばれません。また、ベテラン社員が一文無しだったら、あなたは泣き寝入りです。そのため、民法は、利益を享受している存在に損失を負わせるため、そしてより被害者を救済するため、被用者その事業の執行について不法行為責任を負う場合は、使用者(会社)に賠償責任を負わせたのです。

3.安全配慮義務

⑴由来

安全配慮義務は、もともとは法律に明記してある義務ではなく、最高裁判例で認められた義務でした。

自衛隊員が車両整備工場で車両整備中に、同僚が運転する車両にひかれて死亡した事案で、遺族が安全配慮義務違反に基づき国に対して損害賠償請求をしました(最判昭和50年2月25日)。当初、遺族は不法行為に基づく損害賠償請求をしていたのですが(東京地判昭和46年10月30日)、当時の不法行為責任の時効(権利の請求ができなくなる期限)は3年。遺族が国を訴えたときには、事故から4年が経過していました。しかし、債務不履行責任であれば、時効は10年でした。したがって、債務不履行(安全配慮義務違反)が認められるか否かは、遺族の救済にとって大きな意味を有していました。

最高裁は、「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。」「右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」と判示し、安全配慮義務の概念を認めました。

なお、その後の最判昭和58年5月27日においては、国が公務員に対して負う安全配慮義務につき、「右義務は、国が公務遂行に当たつて支配管理する人的及び物的環境から生じうべき危険の防止について信義則上負担するもの」と表現がやや後退しています。

⑵現在

現在は、裁判例において、使用者の安全配慮義務が「従業員に対し雇用契約上の付随義務として、信義則上、使用者が業務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は従業員が使用者若しくは上司の指示のもとに遂行する業務の管理に当たって、従業員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」と定義される一方(東京地判令和3年8月30日、神戸地判姫路支部平成23年3月11日等)、労働契約法5条によって、使用者が安全配慮義務を負うことが明文化されています(厚生労働省「労働契約法のあらまし」パンフレット)。

 労働契約法5条

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

⑶本件について

本件において安全配慮義務違反が認められるかは、実は争点になりえます。
先述の最判昭和58年5月27日は、上司が運転する車に乗っていた自衛隊員が、上司が雨に濡れた路面で急加速し対向車に車を衝突させたことで死亡した事案において、「運転者において道路交通法その他の法令に基づいて当然に負うべきものとされる通常の注意義務は、右安全配慮義務の内容に含まれるものではない」として、国の安全配慮義務違反を認めませんでした。

後ろを確認してからバックするというのは、道路交通法に基づいて負うべき通常の注意義務です。したがって、会社は、ベテラン社員が後ろを確認せずバックしたことについて、会社の安全配慮義務違反はないと主張することが考えられます。

一方で、ベテラン社員は社内規則や一般的な引越し業者の従業員とは異なる行動を多くとる人で、普段から勝手にトラックを動かすことがあり、確認不足による交通事故もこれまでに起こしており、会社もそれを把握していた、という事情があれば話は変わってきます。会社は、ベテラン社員にそもそも業務中は運転をさせない、あなたや後輩の新入社員にベテラン社員の動向に注意するよう伝えておく等の対応をして、あなたが身体の安全を確保しつつ労働ができるようにしておく必要があったといえるからです。

4.終わりに

労災事故が発生した場合、多くの方はまず労災保険給付を思い浮かべます。しかし、労災保険はあくまで「最低限の補償」を行う制度であり、精神的苦痛に対する慰謝料が十分に補填されるわけではありません。

そのため、事故の原因や会社側の管理体制によっては、労災保険給付とは別に、会社に対して安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求(慰謝料請求)が問題となることがあります。

もっとも、安全配慮義務違反が認められるかどうかは、事故態様だけでなく、事前の指導・管理状況、社内規則の有無、過去の事故歴など、具体的な事情を丁寧に検討する必要があります。単に「事故が起きた」というだけで直ちに請求が認められるものではありません。

労災事故に遭い、「労災は使えたが、これで終わりなのだろうか」「会社に責任を問えるのではないか」と疑問をお持ちの方は、早い段階で専門家に相談されることをおすすめします。

弊所では、事故型労災に関する安全配慮義務違反の有無について、事案ごとに丁寧に検討し、適切な解決を目指しております。お困りの際は、お気軽にご相談ください。