弁護士 渡邊佳帆
労災事故において会社に損害賠償請求をした際、会社から「あなたのもともとの体質や持病が原因で傷害が重くなったのだから、全額は払えない。」の主張をされる可能性があります。この主張を法律用語で「素因減額」と言います。
素因減額とは、労災事故と、事故前から存在した疾患とがともに原因となって損害が発生した場合に、事故前から存在した疾患を斟酌して損害賠償額を減額することです。
裁判所は、「被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度等に照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して,被害者の疾患をしんしゃくすることができる(最高裁昭和63年(オ)第1094号平成4年6月25日第一小法廷判決・民集46巻4号400頁参照)。このことは,労災事故による損害賠償請求の場合においても,基本的に同様であると解される。」(最判平成20年3月27日)として、労災事故における素因減額の適用を認めています。
民法722条2項は、
被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
と定めた条文です。類推適用とは、そのことを定めた条文ではないものの、その条文の趣旨を適用することが望ましい場合に、その条文を適用するということです。疾患は過失ではありませんが、民法722条2項の損害の公平な負担という趣旨を適用するのが望ましいとされ、この条文が類推適用されます。
素因減額についての主張の例としては、以下のことが挙げられます。
それでは、会社から素因減額の主張がされた際は、どのような反論をすればよいのでしょうか。
① 主張されている身体的特徴が、そもそも「疾患」にあたらない
ある最高裁判決により、裁判所においては、疾患にあたらない身体的特徴は素因減額として斟酌しない考え方が定着しています。
その判例は、「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。」(最判平成8年10月29日)と判示しています。
実際に、素因減額の主張がされたものの、疾患として認められなかったため、素因減額がされなかった裁判例を紹介します。
ある労働者が、業務中の車どうしがぶつかった交通事故によって頸部挫傷等の傷害を負いました。相手の車の会社から、労働者の頸椎の変性により治療が長期化したとして、素因減額をすべきと主張がされましたが、裁判所は、「本件事故前に、椎間板ヘルニアや頚椎の変性等を原因とする疼痛を訴えていたとうかがわれないことは前判示のとおりであって、変性等の程度も軽度なものと認められることからすれば、本件事故前に疾患といえるような状態であったとは認められず、本件事故の衝撃の程度等を併せ考慮すれば、素因減額をすべき事情があるとはいえない。」として、頸椎の変性を疾患と認めませんでした(東京地判令和4年6月29日)。
② 会社から疾患の主張がされているが、当該疾患はない
そもそも疾患がなければ、素因減額はされません。
労働者が昇降機付近を通過しようとした際に昇降機が上昇し、足を取られて転倒、脊髄損傷をした事案で、勤務先からは、
ことを主張されました。
しかし裁判所は、
このように、仮に疾患と思えるような事情があったとしても、医療記録を丁寧に検討することで、疾患があるとの主張を否定できる可能性があります。
③ 疾患があったとしても、損害の拡大に寄与していない
交通事故の事例ではありますが、大腿骨転子部骨折の傷害を負った原告が、被告から骨粗しょう症の既往症があるため素因減額をするべきと主張されたものの、「原告に骨粗しょう症の既往症があることが、受傷内容、治療経過及び後遺障害の発生に寄与した疾病と認めるに足りる客観的な証拠はない。」として、素因減額を考慮しなかった裁判例があります(神戸地判令和元年9月12日)。
なお、素因減額についての考え方は、労災と交通事故において変化はありません。
疾患があったとしても、それが傷害に影響したか否かを丁寧に分析する必要があります。
④ 仮に影響があっても、素因減額までは不要
こちらも交通事故の事例ですが、骨折等の傷害を負った原告につき、糖尿病の既往症によって入院期間が10日ほど延びた可能性があることを認定しながらも、「損害の公平な分担という見地からは、この点については、入通院慰謝料等の認定に係る事情の中で斟酌すれば足りるというべきであり、素因減額まで行うのは相当ではない」とした裁判例もあります(那覇地判令和3年3月17日)。
なお、この裁判例においては、糖尿病を「疾患」とまでは明言していません。
⑤ まとめ
素因減額の主張は必ずしも認められるわけではなく、「疾患かどうか」「本当に存在するか」「損害に寄与したか」が争点になり得ます。仮に疾患の存在が認められ、損害の拡大に寄与したと認められても、損害の公平な分担という見地から素因減額がされないこともあります。これらの事情がないかを丁寧に検討し、反論を組み立てる必要があります。
会社から素因減額の主張をされても、うのみにせず検討する必要があります。そのためには、ご自身のこれまでの診断書やレントゲン写真、CTやMRIの画像を取り寄せる、主治医の見解を確認するなど、丁寧な証拠収集が必要になります。
労災事故にあった場合は、弁護士に相談ください。