薬物(化学物質)事故は、化学技術の発展により、工場等で、健康や生命を害する可能性のある薬物(化学物質)を使用することが必要になるため、発生するようになりました。
今後も、化学技術は発展し、薬物(化学物質)の利用は続くため、薬物(化学物質)事故は、発生していくと考えられます。
薬物(化学物質)事故では、健康や生命を害する可能性のある薬物(化学物質)が原因で、死亡する可能性があり、死亡しない場合でも、重篤な後遺障害が発生する危険があります。
後遺障害が認定されるかどうかによって、認められる損害額に大きな差が出るため、どのような後遺障害が認定される可能性があるかは、専門家に相談した方が良いでしょう。
では、薬物(化学物質)事故に遭った場合、誰に対して責任を追及することができるでしょうか。
まず、会社に対して安全配慮義務違反が追及できる可能性があります。
また、他の従業員が原因で薬物(化学物質)事故が発生した場合には、原因となった従業員に対する損害賠償請求に加え、会社に対して使用者責任を追及できる可能性もあります。
このような責任を追及するにあたっては、会社の安全配慮義務の内容や、事故態様(どのように事故に至ったのか)等に関し、有利な証拠をきちんと収集して立証する必要があります。
以下では、薬物(化学物質)事故における安全配慮義務違反に関し、参考となる裁判例を紹介します。
事案の概要 | 本件は、Aが、B社の従業員として、B社の本社工場で、同じくB社の従業員であるCの補助を受け、廃溶剤タンクの清掃作業に従事した際、同タンク内で 死亡した事故について、亡Aの相続人であるDが、B社に対し、安全配慮義務違反を理由として、損害賠償請求をした事案である。 |
---|---|
争点 | ① B社に安全配慮義務違反が認められるか。 ② 亡Aに過失があるか、過失があるとして、過失割合は、何割か。 |
判断 | ① 安全配慮義務違反について B社は、使用者として、労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)、労働安全衛生規則(以下「安衛規則」という。)等に定める義務を負っているところ、 B社は、廃油の収集、処理等を業とし、その廃油には有機溶剤が含まれているのであるから、有機溶剤中毒予防規則(以下「有機溶剤規則」という。)に 定める義務をも負っている(有機溶剤規則1条)。これらの規定は、行政的な取締規定であって、そこに定める義務は、使用者の国に対する公法上の義務と解されるが、 これらの規定の究極目的は労働者の安全と健康の確保にあるというべきであるから、その規定する内容は、私法上の安全配慮義務の内容ともなり、 その最低限の基準になると解するのが相当である。 B社には、有機溶剤の特性、特にその有害性に鑑み、有機溶剤を取り扱う従業員に対する安全衛生教育を徹底し、有機溶剤による健康障害の発生を防止するために 万全の安全管理体制を整えるなどの義務があるというべきであり、本件タンクの清掃作業に関しては、その作業を行わせるに当たり、あらかじめ安全を配慮した 作業手順及び注意事項、特に、送気マスク等の保護具を着用せずに本件タンク内に入ることは厳に禁じられるべきこと等を具体的かつ明確に定め、 これを周知徹底し、また、日頃から、有機溶剤の特性、特にその有毒性や、安全を図るための取扱上の注意等についての教育、指導を十分行い、さらに、 本件タンク内の廃溶剤が有害・危険であることや保護具を着用せずにタンク内に入ることを厳禁する旨の表示をするなどして従業員の注意喚起をするなどの措置を講じ、 もって、従業員の知識不足あるいは慣れからくる不注意、過信等を原因とする事故を未然に防止すべき注意義務があったというべきである。 本件事故当時、廃溶剤タンクの清掃手順や作業に当たっての注意事項・禁止事項、特に、送気マスク等の保護具を装着せずにタンク内に立ち入ることは 厳に禁じられていることの周知徹底は十分でなかったというべきであり、B社が後に策定した本件清掃作業手順書のような手順書を作成して、それが周知徹底され (ただし、安衛規則518条、519条によれば、高さ2mを超える本件タンク上部で抜き取り作業を行わせるに当たり、安全帯の使用が義務づけられると解されるので、 これを不要とする作業手順は相当でないというべきである。)、亡A及びCがこの手順に従って作業を実施していれば、本件事故は発生しなかったものと考えられ、 少なくとも、本件抜き取り作業を命じた際に、E次長が亡Aに対して作業手順及び注意事項を明確に指示又は確認し、特に、本件タンク内に立ち入ってはいけない旨 を十分に指導していれば、本件事故は発生しなかった可能性が大きいと認められる。さらに、B社は、Cに対する雇い入れ時教育のみならず、 有機溶剤の有毒性・危険性等に関する安全衛生教育を行わず、そのことも本件事故発生の一因となったものと認められ、B社は、これらの点で、前記安全配慮義務を怠ったものと認められる。 ② 過失割合について 本件事故発生につき被告に安全配慮義務違反があったものと認められるが、労働者の就業中の安全については、その責任を一方的に使用者に負わせることは相当でなく、 労働者自身にも、自らの作業を管理し、安全を確保すべき注意義務があるというべきである。 亡Aは、前処理班で5年以上にわたって有機溶剤等を取り扱う業務に従事し、本件事故までに少なくとも4、5回は本件タンクの清掃作業に従事したことがあること、 乙種第4類危険物取扱者免状及び第1種衛生管理者の免許を取得して、有機溶剤の危険性や有毒性に関して一応の知識を有していたものと推認できることなどからすると、 亡Aは、送気マスク等の保護具を装着せずに本件タンク内に立ち入れば、有機溶剤中毒により生命に危険が及ぶことを認識できたと考えられるから、 亡Aには、このような危険を十分考えずに本件タンク内に立ち入った過失があるといわざるを得ない。 被告には前記のような高度の安全配慮義務が課せられていること及びその具体的安全配慮義務違反の内容・程度と、亡Aの過失の内容・程度を 比較考慮すると、過失相殺として亡Aに生じた損害額から3割を減ずるのが相当である。 |
所感 | 本件では、安衛法(労働安全衛生法)、安衛規則(労働安全衛生規則)、有機溶剤規則(有機溶剤中毒予防規則)の規制を参照し、安全配慮義務の内容を具体的に認定し、
その義務を怠ったことから、安全配慮義務違反が認められました。 安全配慮義務違反の検討をする際には、公法的規制を含めて検討して、安全配慮義務の内容を具体的に特定し、その義務に違反していることを示すことが重要になります。 他方で、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側が、送気マスク等の保護具を装着せずに本件タンク内に立ち入れば、有機溶剤中毒により生命に 危険が及ぶことを認識できたことから、3割の過失割合が認められました。 安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側に、不注意があった場合には、大きな過失割合が認められる場合も多いため、注意が必要です。 |
事案の概要 | Aが、B社の従業員として化学物質を取り扱う検査分析業務に従事していたところ、有機溶剤や有害化学物質が発散する劣悪な就労環境で 検査分析業務を強いられたことで、有機溶剤中毒及び化学物質過敏症に罹患し、その後も就労環境の改善を繰り返し求めたが聞き入れられず、 最終的には退社を余儀なくされたなどから、B社に対し、損害賠償請求をした事案。 |
---|---|
争点 | B社に安全配慮義務違反が認められるか。 |
判断 | 本件検査分析業務の内容、Aの症状発症の経過、医師による診断内容を総合すると、Aは、本件工場内の研究本棟において、
本件検査分析業務に従事する過程で、大量の化学物質の曝露を受けたことにより、有機溶剤中毒に罹患し、その後、化学物質過敏症を発症したと認めるのが相当である。 使用者は、労働者に対し、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示の下に労務を提供する過程において、労働者の 生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決・民集38巻6号557頁、労働契約法5条)ところ、 安衛法、安衛則、有機則などの規制は、公法的規制であり、これらが直ちに安全配慮義務の内容になるものではないものの、当該規制が設けられた趣旨や具体的な状況の下において、 これら規制が安全配慮義務の内容となる場合もあると解される。 B社には、雇用契約上の安全配慮義務の内容としての局所排気装置等設置義務、保護具支給義務及び作業環境測定義務の各違反が認められる。 そして、各義務の法令上の基準は、作業従事者の健康被害を防止するために設定されたものであるから、B社の上記各義務違反がなければ、症状発現に つながるようなAの有機溶剤及び有害化学物質への曝露を回避することができたと推認することができ、かかる推認を妨げる事情は、 本件全証拠によっても認められないことからすると、B社の安全配慮義務違反とAが化学物質過敏症に罹患したこととの間には、相当因果関係があると認められる。 |
所感 | 長くなってしまうため、上記で具体的には引用していませんが、安衛法(労働安全衛生法)、安衛則(安衛法施行規則)、有機則(有機溶剤中毒予防規則)などの規制を参照し、
局所排気装置等設置義務、保護具支給義務及び作業環境測定義務の各違反を理由に、安全配慮義務違反が認められました。 安全配慮義務違反の検討をする際には、公法的規制を含めて検討し、どのような義務に違反しているのかを特定することが重要になります。 |
薬物(化学物質)事故による労災事案では、死亡という結果や重篤な後遺障害が発生することがあります。
安全配慮義務違反に関しては、どのような主張及び立証をするべきか難しい検討を要する場合も多いため、薬物(化学物質)
事故による労災事案が発生した場合には、専門家に相談した方が良いと思います。