感電事故と労災

工場や鉄道における高圧電線設備の工事中や、住宅敷地内の配電線の工事中等に感電して死傷に至るケースがあります。

実際の事例では、工場の高圧電線の点検中に感電して死亡する事例や、居宅の天井裏の点検中に電気プラグで感電し死亡する例等があります。

ここでは、感電事故における労働災害について裁判事例を用いて解説いたします。

目次

1.感電事故の発生状況

厚生労働省により公表されている「労働災害発生状況」によれば、令和2年におけるすべての事故類型の死傷災害の発生件数131,156件のうち、「感電」による死傷件数は92件です。

死傷件数92件の内、6件は死亡に至っていますが通常は危険防止措置がとられていることが多いことから労災における感電の死傷件数自体は高くはありません。

他方で一度感電すれば局所又は全身に強い電流が流れるため非常に危険です。

2.感電事故防止のために会社が取るべき対策

労働安全衛生法第20条では、事業主に対して「電気、熱その他のエネルギーによる危険」を防止するための必要な措置を講じなければならないと規定しています。

そして、労働安全衛生規則において一定の場合に労働者に絶縁用保護具を着用させることや活線作業用器具を使用させること等、具体的な危険防止措置が規定されています。

3.感電事故の後遺障害

労災による後遺障害認定は、「障害等級認定基準」に従い、障害の部位と程度により等級が判断されます。

認定基準はこちら

具体的な例としては下記のような事例が考えられます。

1.感電によって片足の一部を壊死したことにより切断するに至った場合

「一下肢を足関節以上で失ったもの」として後遺障害第5級の3に該当する可能性があります。

2.感電によって身体の神経痛が生じるようになった場合

神経系統の障害のうち「局部にがん固な神経症状を残すもの」として後遺障害第12の12に該当する可能性があります。

感電は局部のみ感電することもあれば全身に通電することもあることから、様々な後遺障害認定が想定されます。

事故後の状況によりどのような後遺障害が認定される可能性があるかは、専門家に相談した方が良いでしょう。

4.労災事故で受けられる救済

労災事故により傷害を負った場合、以下の救済が考えられます。

1.労働者災害補償保険に基づく労災保険請求

労災保険請求は、労働基準監督署へ必要書類を提出して請求することになります。

労災保険請求の流れはこちら

労災保険請求に対して、労働基準監督署長が支給・不支給等の判断をすることになりますが、この決定に不服がある場合には審査請求や(最終的には)処分取消請求訴訟により処分の取り消しを求めて争うことができます。

2.使用者(事業主)に対する損害賠償請求

直接使用者に対して、安全配慮義務違反*等を理由として書面や裁判で請求することになります。

特に、労災保険では物損や慰謝料の給付がないことから完全な賠償(補償)を求めるためには使用者に対する損害賠償請求が必要となります。

*使用者の安全配慮義務について

法律上、使用者(事業主)は「電気、熱その他のエネルギーによる危険」を防止するための必要な措置を講じなければならないと規定されており、電気による危険を生じさせないようにする安全配慮義務違反があるといえます。

この安全配慮義務に違反したことを理由として使用者に対して損害賠償請求することができます。

3.加害者(同僚など個人)に対する損害賠償請求

第三者(使用者以外)*の過失により労働災害が発生した場合には「第三者行為災害」と呼びます。

この場合は事故の原因となった第三者に対して損害賠償を請求することができます。

*ここでいう第三者とは

同僚や他の従業員だけでなく、顧客、動物(飼い主)、交通事故の相手方等も対象となりえます。

「タクシー運転手として働いているが、酔った客に殴られた」といった例だと、酔った客に対して損害賠償を請求できる可能性があります。

5.裁判例

労働基準監督署長の処分に対する処分取消訴訟

1. 労働基準監督署長の不支給決定に対する取消訴訟を認めなかった事例

大阪地判平成20年12月8日

<事案の概要>

Aで働いていた従業員Bが業務に伴う感電、熱中症などで死亡したとして、Bの父(原告)が労災保険法に基づいて遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めたのに対して労働基準監督署長が不支給とする決定をしたため、当該決定の取り消しをもとめた事案


<争点>

  • 1.従業員Bの死因
    原告は、Bの死因として感電及び熱中症を主張
  • 2.従業員Bの死と業務起性

<判断>

  • 1.従業員Bの死因について
    原告は、Bが溶接機器からの電流によって感電死したと主張しましたが、使用していた溶接機器が安全電圧を超える程度のものであったが、「強い電流が流れたとするとBの身体に電流班*が残ってしかるべき」であるが電流班がない等として感電死を否定しました。
    また、熱中症の主張については、熱中症の場合に通常現れる症状がないことや、脱水症状があったとしても軽微なものであったこと等の事情から退けました。
  • *電流斑・・・体内に高電流が流れることによって生じる損傷

  • 2.業務過重(業務起因性)について
    業務起因性が認められるためには相当因果関係が認められることが必要であり、相当因果関係の有無は「業務に疾病を発症させる客観的危険が認められ、その危険が現実化した場合」に認められますと述べています。
    その上で、Bの従事していた業務については過重性が認められず、業務とBの死亡との間の因果関係を否定しました。

弁護士のポイント

感電と死亡との関係性について否定しているため、感電による労災は認定されませんでした。感電死を否定する事実として電流班がないことが挙げられており、感電の事実を立証する上で重要なものと思われます。

外にも、業務過重について従業員Bと死亡の業務起因性について裁判所は検討していますが、業務内容からしても相当因果関係を有するほどの過重労働ではなかったとして因果関係を否定しています。

裁判例が述べているように、死亡の業務起因性については、当該業務が死亡に結び付く程の危険性を内在しているものか否かを具体的にみる必要があることから、立証のハードルは高いものと思われます。

2. 労働基準監督署長の不支給決定に対する取消訴訟を認めた事例

長崎地判平成元年10月20日

<事案の概要>

砕石場の機械設備の保守管理等の業務に従事していたCが急性心臓死したことについて水中ポンプの漏電に伴う感電による死亡であるとして、 遺族が遺族補償給付等を請求したのに対して、労働基準監督署長が業務上の死亡ではないとして不支給決定したため審査請求等を経て取消訴訟を提起した事案。

この事案では、Cの死亡が漏電に伴う感電死であるとした上で、Cの感電が業務上の行為によるものとして不支給決定を取り消しました。

使用者に対する損害賠償請求

1. 安全配慮義務違反を認めた事例

東京地判平成22年3月19日

<事案の概要>

発電所建設工事の下請労働者Dが感電により転倒して受傷したとして、元請会社E、下請会社F(DはFの従業員)、注文者Gに損害賠償請求を提起した事案。
Dは、作業中に破損していたハンマードリルのケーブルから感電して受傷。
Dには精神障害及び頭頚部外傷症候群等の障害が残り、労災認定により後遺障害等級準用8級と認定されました。


<争点>

  • 1.事故と感電の因果関係
  • 2.元請会社E、下請会社F、注文者Gに安全配慮義務違反が認められるか

<判断>

  • 1.裁判所は、「感電した」とのDの主張に事故と感電の因果関係ついて、Dが発汗しておりシャツが濡れていたこと、現場に湧水が溜まっていたこと、Dの供述が感電の症状と整合すること等その他の事情から、Dが作業中に感電したことを認定しました。
  • 2.安全配慮義務違反について
    • ・元請会社E社と下請会社F社
      事業者は、「『電気、熱その他のエネルギーによる危険』を防止するため必要な措置を講じなければならないとされているところ(安衛法20条3号、安衛規則336条)本件においては、両被告(E社・F社)が、原告との間の労働契約上あるいはこれに準ずる法律関係上、原告に対し、本件ハンマードリルを含め、その使用に供する工具の安全性を点検し、これを確保する義務を負っていた」とした上で、「両被告には、原告が使用した本件ハンマードリルの安全性を確保等する義務を負いながら、このための措置を怠ったものといえ、安全配慮義務の違反があり、また、不法行為(共同不法行為)上の過失がある」として安全配慮義務違反を認めました。
    • ・注文者G社
      注文者たるG社の責任については、「原則として、請負人の雇用する労働者に対する安全配慮義務を負う事はない。しかし、注文者と請負人の労働者との間に、雇用契約に準ずる法律関係が認められるような場合」には注文者にも安全配慮義務が認められうることを示しました。
      そして、このような法律関係が認められるためには「当該労働者が注文者の供給する設備・器具等を用い、注文者の指示の下で労務の提供をしていたなどといった、実質的にみて、注文者と当該労働者との間に使用従属関係が生じていたことが必要」としました。
      その上で、本件では、G社は本件ハンマードリルを含め、DらE社の従業員が作業に用いる工具等を供給したり、DらE社の従業員に直接の指示を与えて作業に当たらせていたりしたという事情は一切認められない、等として実質的な使用従属関係にあったとはいえないとしてG社の安全配慮義務を否定しました。

弁護士のポイント

本件は、原告が感電による転倒によって障害を負ったとして雇用主である下請会社C社、元請会社B社、さらに注文主であるD社に損害賠償請求をした案件です。

被告は感電による転倒の因果関係を否定しましたが、原告による緻密な客観的事実の立証によって因果関係が肯定されました。
実際の裁判例の認定内容は長いですが、感電による労災事故の立証の参考になると思われます。

また、雇用主のみでなく元請会社の責任も認められていますが、注文主の責任は否定されています。

もっとも、注文主も常に責任が否定されるわけではなく、実質的に使用従属関係が認められる場合には雇用主と同様の責任が認められる可能性があります。

6.まずはご相談

感電による労災事案は数としては多くありませんが、一度電流に曝されると全身に電撃傷を負い、重症化したり場合によっては死亡することもあります。

感電事故による労災給付申請が否定された場合や、認定された後遺障害等級が妥当なものでない場合にはその認定判断を争っていく必要があります。

また、感電事故を起こした使用者に対して安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求をすることも必要ですが、使用者側の安全配慮義務の具体的な内容の立証や感電事故と負傷(死亡)との因果関係の立証も簡単ではありません。

そのため、感電による労災事故が発生した場合にはすぐにご相談ください。