はさまれ・巻き込まれ事故と労災

(1)はさまれ・巻き込まれ事故の発生状況

 はさまれ・巻き込まれ事故は、機械を使用する製造業の工場等で発生する可能性があります。

 厚生労働省により公表されている「労働災害発生状況」によれば、令和3年に発生した労働災害で、休業4日以上の死傷者149、918人のうち、「はさまれ・巻き込まれ」による死傷者数は、14、020人(全体の約9%)となっています。

 また、令和3年に発生した労働災害での死亡者数867人のうち、「はさまれ・巻き込まれ」を原因とする死亡者数は、135人(全体の約16%)であり、発生件数も死亡者数も多い事故類型です。

    

(2)はさまれ・巻き込まれ事故の後遺障害

 はさまれ・巻き込まれ事故では、死亡する可能性があり、死亡しなかったとしても、四肢・指の切断や機能障害等の重篤な後遺障害が発生する危険があります。

 後遺障害が認定されるかどうかによって、認められる損害額に大きな差が出るため、どのような後遺障害が認定される可能性があるかは、専門家に相談した方が良いでしょう。

(3)法的な責任について

 では、はさまれ・巻き込まれ事故に遭った場合、誰に対して責任を追及することができるでしょうか。

 まず、会社に対して安全配慮義務違反が追及できる可能性があります。

 また、他の従業員が原因で、はさまれ・巻き込まれ事故が発生した場合には、原因となった従業員に対する損害賠償請求に加え、会社に対して使用者責任を追及できる可能性もあります。

 このような責任を追及するにあたっては、会社の安全配慮義務の内容や、事故態様(どのように事故に至ったのか)等に関し、有利な証拠をきちんと収集して立証する必要があります。

 以下では、はさまれ・巻き込まれ事故における安全配慮義務違反に関し、参考となる裁判例を紹介します。

(4)裁判例の紹介

東京地判平成22年5月25日(平成20年(ワ)26104号)

事案の概要  Aは、B社のプレス工場で勤務していたところ、パワープレス機の操作中に、両手の親指と人さし指をいずれも切断するという事故にあったことから、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をした事案(雇用上の地位確認請求もしているが、今回は省略)。
争点 ① B社に安全配慮義務違反が認められるか。
② Aに過失があるか、過失があるとして、過失割合は、何割か。
判断  Aは、足踏み式での作業を避けるよう厳しく注意を受けていたにもかかわらず、作業開始後、体力的に楽であるなどの理由で、両手操作式をみずから足踏み式に切り替えて作業を続け、本件事故に遭遇した。このような経過によれば、本件事故について、Aには相当の過失があるというべきである。  
 しかし、足踏み式での作業を禁止するという注意は、徹底されていなかったと推測される。また、B社は、プレス機がしょっちゅう止まってしまうことを嫌って、光線式安全装置を作動させていなかったが、これを作動させていたら、本件事故を回避できたことが明らかである。しかも、切り替えスイッチがロックされておらず、ロック用の鍵が差し込まれたままの状態であったことから、Aは、両手操作式を足踏み式に容易に切り替えることができたのであるが、B社は、これを放置していた。
 つまり、B社は、足踏み式の危険性を認識していながら、社員の安全よりも作業の効率性を優先して、確実な安全装置を作動させず、危険な状態を放置していたということができるのであり、その責任は軽視されるべきではない。
 一方、Aは、光線式安全装置の存在を知らなかったし、その機能を自分で解除したわけでもないから、Aが本件事故をみずから招いたものと認めることはできない(本件は、自分から危険区域に立ち入った事案や、命綱を付けずに屋根の上で作業をした事案等とは、一線を画すものというべきである)。したがって、B社の主張のように、Aに8割5分以上の過失を認めるのは不均衡といわざるを得ない。そうすると、プレス機のように危険な機械を扱う工場において、B社の安全管理が万全のものであったとはいい難い。
 このような事情を総合すれば、本件事故の過失割合は、B社が3割5分、Aが6割5分と認めるのが相当である。
所感  本件では、足踏み式の危険性を認識していながら、社員の安全よりも作業の効率性を優先して、確実な安全装置を作動させず、危険な状態を放置していたことから、安全配慮義務違反が認められました。
 安全配慮義務違反の認定の際には、どのような原因により、事故が発生したのかを特定することが重要になります。
 他方で、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側が、足踏み式での作業を避けるよう厳しく注意を受けていたにもかかわらず、作業開始後、体力的に楽であるなどの理由で、両手操作式をみずから足踏み式に切り替えて作業を続けていたことから、6割5分の過失割合が認められました。
 安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側に、不注意があった場合には、大きな過失割合が認められる場合も多いため、注意が必要です。

東京地判平成27年4月27日(平成25年(ワ)4499号)

                           
事案の概要  Aが、B社の業務に従事中に、B社の工場内のプレス機械で左手を挟み負傷し後遺障害を負った事故につき、B社に対し、注意義務違反又は安全配慮義務違反を理由として、損害賠償請求をした事案である。
争点 ① B社に安全配慮義務違反が認められるか。
② Aに過失があるか、過失があるとして、過失割合は、何%か。
判断 ① 安全配慮義務違反について
 注意義務及び安全配慮義務の具体的内容を判断するに当たっては、労働者の安全を確保することを目的とする労働安全衛生法(同法1条参照)及びその関連法規の内容を参照することが相当である。
 事業者は、機械等による危険を防止するために必要な措置を講じなければならず(労働安全衛生法20条1号)、プレス機械については、スライド又は刃物による危険を防止するための機構を有するものを除き、当該プレス機を用いて作業を行う労働者の身体の一部が危険限界に入らないような措置を講じなければならない(労働安全衛生規則131条1項)。
 上記措置は、労働者の身体の安全を確保することを目的とするものであり、これを怠った場合には、不法行為法上の注意義務違反及び安全配慮義務違反を構成するものと解される。
 B社は、本件事故当時、本件プレス機に安全カバー及び自動停止装置を取り付けていなかったから、不法行為法上の注意義務及び安全配慮義務に違反したと認められる。
 これに対し、B社は、Aの事故態様が想定外のものであると指摘するけれども、同主張が不法行為法上の注意義務違反及び安全配慮義務違反の判断においてどのような意味を有するか明らかでない点を措くとしても、作業者が、プレス機械の作動中に不注意で咄嗟に手を入れてしまうことは容易に予見することができるため、上記のような安全措置を講ずることとされているといえ、そのような事態が生ずることは、本件プレス機において寸動ボタンを長押ししている場合でも異ならないから、B社のこの主張は採用することができない。
 ② 過失割合について
 本件事故は、Aが本件プレス機の寸動ボタンを右手で押し続けていながら、左手をプレス部分に差し入れるというA自身の危険な行為にも起因するので、この点において、原告に相当程度重い過失があるといえる。
 Aの過失割合は、4割であり、この過失割合により過失相殺するのが相当である。
所感  本件では、本件事故当時、本件プレス機に安全カバー及び自動停止装置を取り付けていなかったから、不法行為法上の注意義務及び安全配慮義務に違反したことが認められました。
 安全配慮義務違反の認定の際には、どのような原因により、事故が発生したのかを特定することが重要になります。
 他方で、本件プレス機の寸動ボタンを右手で押し続けていながら、左手をプレス部分に差し入れるという危険な行為もあったため、損害賠償請求をする側にも、4割の過失割合が認められました。
 安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側に、不注意があった場合には、大きな過失割合が認められる場合も多いため、注意が必要です。

(5)さいごに

 はさまれ・巻き込まれ事故による労災事案では、死亡という結果や重篤な後遺障害が発生することがあります。

 安全配慮義務違反に関しては、どのような主張及び立証をするべきか難しい検討を要する場合も多いため、はさまれ・巻き込まれ事故による労災事案が発生した場合には、専門家に相談した方が良いと思います。