建設業で起こりやすい労災事故と後遺障害 - 等級認定の争点と安全配慮義務違反による責任追及

弁護士 田村 淳

はじめに

建設業の現場では、墜落・転落や重機との接触、資材の落下などの労災事故が多発しており、それらが重篤な後遺障害につながるケースも少なくありません。
労災事故によって重大な後遺症が残った場合、被災労働者は労災保険から補償を受けるだけでなく、会社(使用者)の安全配慮義務違反がある場合には損害賠償を請求することも検討します。以下では、建設業で典型的な労災事故ごとに想定される後遺障害を取り上げ、それぞれの後遺障害等級認定の争点や会社責任のポイントについて解説します。

2.墜落・転落事故による労災と後遺障害

高所作業中の墜落・転落事故は建設業で特に発生頻度が高く、建設業の労災死亡事故原因の約4割を占める深刻な事故類型です(厚生労働省の公表するデータによれば、令和5年度の建設業の死亡災害総数223件に対し墜落・転落は86件です)。高所からの落下は脊髄損傷頭部外傷など重い傷害につながりやすく、被災者に長期の治療や重度の後遺障害(麻痺・認知障害・視力障害など)が残存する可能性があります。

3.脊髄損傷による重度後遺障害(麻痺)と障害等級認定

脊髄損傷は、高所からの墜落・転落事故などで脊椎が破損し、中枢神経である脊髄が損傷されることにより発生する重度障害です。損傷の部位や程度により、以下のような障害が生じます

四肢麻痺(頚髄損傷):両腕・両脚の麻痺
対麻痺(胸髄・腰髄損傷):両下肢の麻痺
排尿・排便障害、感覚障害、自律神経障害(発汗・血圧変動など)も併発することがあります

麻痺の生じた部位や程度に応じて、後遺障害等級1級から12級の間で後遺障害認定される可能性があります。

脊髄症状のために常時介護が必要であれば後遺障害等級1級、随時介護を要する場合には後遺障害等級2級、身のまわり動作は可能であるが、労務に服することができなければ後遺障害等級3級となります。

脊髄損傷は労災保険上も重い障害として扱われ、労災から障害補償給付(一時金または年金)が支給されます。また、後遺障害等級に応じて慰謝料額など損害賠償額も大きく変動するため、正しい等級の認定が極めて重要です。適正な補償を得るには、「脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書」、「せき髄症状判定用」、「神経学的所見の推移について」等の医学的所見やMRI画像、家族等による「日常生活状況報告表」等、せき髄損傷の場合特有の各種資料を揃えるなどして後遺障害等級認定に万全を期す必要があります。

4.頭部外傷による高次脳機能障害の認定ポイント(認知・人格障害)

墜落事故で頭部に重度の外傷を負った場合、高次脳機能障害(脳の損傷による記憶障害・注意障害・人格変化など)が後遺症として残ることがあります。高次脳機能障害は一見して分かりにくい「見えない障害」であり、本人に自覚が乏しい場合もあるため、労災の後遺障害等級の認定において適切な評価を受けにくい傾向があります。そのため、労災で高次脳機能障害を残した被害者は、初診時から頭部外傷の事実を医療記録に残すこと、長期の意識障害の有無を証明すること、MRI・CTなどの画像所見神経心理学的検査結果、家族による日常生活状況報告書等を提出することが重要です。これらの証拠を適切に収集し提示することで、後遺障害等級認定で高次脳機能障害が正当に評価され、しかるべき補償・賠償を受けやすくなります。

5.視覚障害・複視の後遺症と労災等級認定(眼球運動障害)

墜落に伴う頭部外傷や顔面の負傷によって、視力障害複視(二重視)といった眼の後遺障害が生じるケースもあります。複視が残った場合、労災保険の後遺障害等級では原則正面注視で複視を残すものが10級に該当するなど、重度後遺障害に該当します。

ただし、複視の後遺障害が認められるためには本人の自覚症状だけでなく、眼筋麻痺など明らかな原因の存在や、ヘススクリーン検査で複視を客観的に確認できることが必要です。したがって、複視や視野欠損など視覚障害が疑われる場合は、眼科専門医の診断書や検査結果を揃え、後遺障害診断書に詳細な所見を記載してもらうことが不可欠です。

また、片目の失明等の深刻な視力障害に至った場合には等級がさらに上位(例:片眼失明で8級程度、両眼失明なら1級)となり得るため、これら深刻な障害についても適切に認定を受けることで、労災保険給付だけでなく慰謝料・逸失利益を含む損害賠償請求の基準にも反映されます。

6.墜落事故における会社の安全配慮義務違反と責任(墜落防止措置の欠如)

高所作業に伴う墜落事故では、会社の安全管理責任(安全配慮義務)も大きな争点となります。労働安全衛生規則では、高さ2メートル以上の作業箇所では作業床の縁に囲い・手すりを設けるか、安全ネットを張る、労働者に安全帯(墜落制止用器具)を使用させる等の措置を講じなければならないと規定されています。したがって、事故当時に足場に手すりや安全ネットが設置されていなかった、あるいは労働者に安全帯を着用させていなかったような場合には、会社側に重大な安全配慮義務違反が認められる可能性があります。

令和5年12月には「手すり先行工法等に関するガイドラインが改正され、また、令和6年4月1日に施行された改正労働安全衛生規則により一側足場の使用範囲の明確化(一側足場の使用が限定化された)や足場の点検者の指名の義務化等がされるなど、作業員の安全の為の法改正等も随時されています。

元請・下請を問わず、安全対策を怠った企業に対しては、被災者は労災保険給付ではカバーしきれない慰謝料や逸失利益等を不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として請求することが可能です。

会社が安全措置を怠った証拠(安全設備の未設置状況、作業手順書の有無等)を収集し、法律専門家の助言を仰いで適切な責任追及を行うことが重要です。