転落事故の場合

1 転落事故の発生状況

厚生労働省により公表されている「労働災害発生状況」によれば、令和3年に発生した労働災害で、休業4日以上の死傷者149、918人のうち、「墜落、転落」による死傷者数は、21、286人(全体の約14%)となっており、「転倒」の3万3572人(全体の約23%)の次に件数が多いです。

しかし、令和3年に発生した労働災害での死亡者数867人のうち、「墜落、転落」を原因とする死亡者数は、217人(全体の約21%)であり、死亡の原因として、もっとも多く、転倒よりも重大な結果を招いていることがわかります。

2 転落事故の後遺障害

転落事故は、高所から転落することによる衝撃が大きいため、上述の通り、死亡に至ってしまう場合もありますが、死亡に至らない場合であっても、頭や体に大きな損傷が発生する危険があり、脊髄損傷による神経系統の機能障害、脊椎圧迫骨折による骨の癒合不全や神経系統の機能障害、頭部損傷を原因とする高次脳機能障害等、様々な後遺障害が発生する危険があります。

後遺障害が認定されるかどうかによって、認められる損害額に大きな差が出るため、どのような後遺障害が認定される可能性があるかは、専門家に相談した方が良いでしょう。

法的な責任について

では、転落事故に遭った場合、誰に対して責任を追及することができるでしょうか。
まず、会社に対して安全配慮義務違反が追及できる可能性があります。

また、他の従業員が原因で転落した場合には、原因となった従業員に対する損害賠償請求に加え、会社に対して使用者責任を追及できる可能性もあります。

このような責任を追及するにあたっては、会社の安全配慮義務の内容や、事故態様(どのように事故に至ったのか)等に関し、有利な証拠をきちんと収集して立証する必要があります。

以下では、転落事故における安全配慮義務違反に関し、参考となる裁判例を紹介します。

4 裁判例の紹介

⑴ 東京高判平成18年5月17日判タ1241号119頁

ア 事案の概要 下請人であるAは、元請人であるBから公民館ホール及び保健センターの屋根塗装工事の注文を受け、C及びDとともに保健センターの屋根塗装工事に従事していたところ、Dが屋根から転落し、次いで、事態を確認しようとしたA及びCも屋根から滑り落ち、これにより、Dは死亡し、控訴人Aは全身打撲及び右肋骨骨折の傷害を、Cも全身打撲及び左足部挫傷の傷害を負ったことから、AとCが、Bに対し、Bの安全配慮義務違反を理由に、損害賠償請求をした事案。
イ 争点

    ① Bに安全配慮義務違反が認められるか。

    ② AとCに過失があるか、過失があるとして、過失割合は、何%か。

ウ 判断

① Bの安全配慮義務違反について

本件工事契約は、基本的には請負契約の性質を帯びつつもその実質は労務の提供という色彩の強い契約であり、労務を提供していたAとCに対し、Bは安全配慮義務を負っていたというべきであって、本件事故については、Bに安全配慮義務違反があり、AとCに対して損害賠償義務を負うものと判断する。

Bは、仮にBが安全配慮義務を負うとしてもその義務を尽くしていたとして、安全帯や登山用ザイルを貸与したほか、これを取り付ける仮設パイプも設置していたと主張し、Bの代表者は原審において、親綱となるザイルを雪止めないし安全手すりに縛り付ければよいとも供述するが、これが労働安全衛生規則521条にいう安全帯の取付設備として十分であるかは証拠上明らかではないし、安全帯に関するBの安全配慮義務としては、AとCに安全帯の着用を徹底させるべきであったのであるから、Bが安全配慮義務を尽くしたということはできない。

② 過失割合について

Bの安全配慮義務違反については、Aに本件工事を依頼する前にEの死亡事故があり、これを受けて労働基準監督署から安全管理の徹底を指導され、とりわけ安全帯の着用については具体的な改善策を図示した書面を提出して誓約していたのであるから、Bには、同種事故が発生しないよう特に十分な注意と配慮をすることが必要であったものであり、これを怠ったBの過失の程度は大きい。

他方、Aは、Bから安全帯等の安全器具の貸与を受け、その着用も指示されていたのに、保健センターの屋根の勾配が公民館ホールよりも緩やかなこともあって、安全帯を着用せず、C及びDにも着用させなかった。

そして、AとCは、保健センターの西側屋根は霜のため滑落の危険があったことを十分に認識していたのに、Dが転落したと思い、事態の確認のため慌てて西側屋根に飛び出して本件事故に至ったのであるから、本件事故の発生については、AとCにも相当程度の過失があったというべきである。

しかし、Dが屋根から転落した可能性が高く、そうであれば緊急に救助に向かう必要があるという状況にあっては、AとCのとった行動を一概に無謀な行為ということはできない。また、Dの転落事故はBの安全配慮義務違反に起因して発生したものであり、AとCの行動はこれに誘発されたものというべきであるから、これらの点も考慮すれば、本件事故の発生についてのAとCの過失割合は、それぞれ50%と認めるのが相当である。

エ 所感

本件では、労働安全衛生規則521条に定められていた安全帯の取付設備等を設けなければならないのに、Bがそれを怠ったことが重視されました。

安全配慮義務違反の検討をする際には、労働安全衛生規則等の法令に違反しているかどうか等を検討することが重要となります。

他方で、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側が、必要な注意を怠っていたため、50%の過失割合が認められました。

安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側に、不注意があった場合には、大きな過失割合が認められる場合も多いため、注意が必要です。

⑵ 大阪高判平成20年7月30日労判980号81頁

ア 事案の概要 一人親方であるAが、元請人であるBの依頼を受けて2階建戸建住宅の建前を建築するため、2階部で作業していたところ、床部にコンパネ(合板)を設置する際にカケヤ(両手打ちの鎚)を空振りしてバランスを失い転落・負傷して後遺症を残したと主張して、Bに対して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をした事案。
イ 争点

    ① Bに安全配慮義務違反が認められるか。

    ② Aに過失があるか、過失があるとして、過失割合は、何%か。

ウ 判断

① 安全配慮義務違反について

Bは、本件工事の元請人として、本件現場を管理し、材料を用意し、建前建築のために一人親方のAを本件現場に呼んで、Aが大工道具を持参して、日当2万円の前提で同作業に従事したものである以上、A・B間の契約関係は典型的な雇用契約関係といえないにしても、請負(下請)契約関係の色彩の強い契約関係であったと評価すべきであって、その契約の類型如何に関わらず両者間には実質的な使用従属関係があったというべきであるから、Bは、Aに対し、使用者と同様の安全配慮義務を負っていたと解するのが相当である。Aが30年以上の経験と1級建築士の資格を有する大工であること、一人親方の労災保険に加入していたことは上記関係に基づくBの上記安全配慮義務の発生、内容、程度を直ちに左右するものではない。

そして、Aが従事した工事は木造2階建物の建前工事であり、未だ床のない2階部で平面部に端から順番にコンパネをはめ込んで床面を形成する作業を行っていたものであり、2階部は地面から約3.5mの高所であったから、Bにおいて、Aを含む高所作業従事者が墜落する危険があることを予見し又は予見し得べきものであって、低層住宅建築工事における労働災害防止を図るために軒高さ10m未満の住宅等の建築物の建設工事に適用される足場先行工法に関するガイドラインが策定されて同実施が推奨されていたことにも照らすと、コスト等の理由により足場の設置がされない事例が世上多かったにしてもなお、本件事故当時、上記安全配慮義務の履行として、外回りの足場を設置し、これが物理的に困難な場合には代わりに防網を張り、安全帯を使用させるなど墜落による危険を防止するための措置を講ずべき義務があったといわざるを得ない(労働安全衛生規則518、519条参照)。低層木造建物の建前をするに際して足場先行工法が採用されていない例が多いにしても、上記のような墜落の危険が客観的に存しこれを予見し得べき以上は、Bに上記義務が生じないとすることはできないし、控訴人が両手打ちのカケヤを用いたこと、運動靴を履いていたこと、コンパネが曲がっていたとまで認められないことは、Aの過失相殺として考慮すべき事情であるにしても、上記義務の発生それ自体を否定するに足りないというべきである。

Bは、2階部の床設置を含む建前工事において、上記の危険防止措置を何ら執らなかったものであるから、安全配慮義務違反が認められ、同違反と控訴人の前記受傷との間に相当因果関係が認められる。

② 過失割合について

現実には2階建木造建物建築において足場等が設置されない場合も多く、控訴人は、30年以上の経験を有する大工(一人親方)で相応の道具選択と技量が期待されていたこと、本件現場で足場等が設置されていないことを明らかに認識しつつも、Bに何らの措置も求めなかったこと、両手打ちのカケヤを振り上げて当て木を打ちコンパネをはめ込もうとしたが当て木上部を叩いたためバランスを崩して前のめりになりそのまま落下したもので、道具選択と技量に誤りがあったと言えること等を考慮すると、本件におけるAの過失相殺は8割をもって相当と認める。

エ 所感

本件では、安全配慮義務の履行として、外回りの足場を設置し、これが物理的に困難な場合には代わりに防網を張り、安全帯を使用させるなど墜落による危険を防止するための措置を講ずべき義務(労働安全衛生規則518、519条参照)が認定され、Bがそれを怠ったことが重視されました。

安全配慮義務違反の認定の際には、労働安全衛生規則等の法令を参照し、当該案件で、どのような安全配慮義務違反があったのかを検討することが重要となります。

他方で、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側が、必要な注意を怠っていたため、80%という大きな過失割合が認められました。

安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする側に、不注意があった場合には、大きな過失割合が認められる場合も多いため、注意が必要です。

5 さいごに

転落事故による労災事案は、死亡や重大な後遺障害が発生することが多くあります。

そして、安全配慮義務違反が認められるかどうか自体に争いが生じることも多いですが、どのような主張及び立証をするべきか、難しい場合も多いため、転落事故による労災事案が発生した場合には、専門家に相談した方が良いと思います。