石綿(アスベスト)は、天然に産出される繊維状の鉱物です。耐熱性や耐久性に優れていたことから、建築資材や工業製品として利用されてきました。
しかし、諸外国で危険性が問題視され始め、日本でも1975年の「特定化学物質等障害予防規則」を皮切りに、石綿の使用が規制されるようになりました。
現在は石綿含有製品(石綿及び石綿をその重量の0.1%を超えて含有する全てのもの)の製造、輸入、譲渡、提供、使用が原則禁止されています。
石綿の繊維は、極めて細く飛散しやすいため、長時間石綿がある環境に身を置いたり、石綿を扱ったりしていると、石綿を吸い込んでしまう可能性があります。その結果、疾病にかかることがあります。
石綿が原因であることが明らかな疾病は、石綿肺、中皮腫、肺がん、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚です。
発症までに長期間の潜伏期間があり、石綿肺は15年~20年、悪性中皮腫は20年~50年、肺がんは15年~40年と言われています。
石綿による疾病の場合は、労災に該当する要件が決められています。
以上の要件を満たす場合は、業務上疾病と認定され、労災となり、労災補償給付を受け取ることができます。
一見石綿と関係がないと思われる業務に従事していても、労災の認定を受けることもあります。
化粧品会社に勤務し、メーキャップの施術をするなどしており、約50年後、化粧品に不純物として混ざっていたアスベストが原因で悪性胸膜中皮腫を発症した女性について、2025年12月に労災認定がされたことが報じられました。
石綿による病気で亡くなった労働者の遺族は、遺族補償給付を受けることができます。
遺族補償給付の請求権は、労働者本人が亡くなった日の翌日から5年で時効により消滅します。
遺族補償給付の請求権が時効により消滅した後は遺族補償給付の請求はできませんが、「石綿による健康被害の救済に関する法律」に基づき、特別遺族給付金を受けることができます。現行法令では、令和8年3月26日までに亡くなった方の遺族に限られます。
労災給付の請求とは別に、会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をすることもできます。
その際には、主に⑴予見可能性があったといえるか、⑵除斥期間にかかっていないか、ということを検討する必要があります。
会社に安全配慮義務違反があった、と言えるためには、会社が労働者を「石綿ばく露作業」に従事させることによって、労働者に健康被害が生じるかもしれないことを予見できた(予見可能性があった)ことが必要になります。危険性を予見できなければ、会社は対策を講じる必要性を認識できず、対策を講じることができないからです。
石綿の危険性は、最初から認識されていたわけではありません。会社も危険性を予見できずに労働者に「石綿ばく露作業」に従事させていた、と主張するかもしれません。
この点、大阪高判平成24年5月29日は、以下のように判示しています。
「安全配慮義務の前提として、使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性にかんがみ、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧があれば足り、生命、健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである。」
つまり、「1日●時間石綿ばく露作業に従事させれば、20年後に中皮腫になるかも」といったような具体的な予見ではなく、「石綿ばく露作業に従事させれば、何らかの健康被害が起こるかも」程度の予見で足りるということです。
そして、同裁判例においては、
を踏まえ、遅くとも原告が石綿ばく露作業に従事していた昭和44年7月から昭和46年8月には、被告会社は、石綿が人の生命、身体に重大な障害を与える危険性があることを認識することができ、かつ、認識すべきであったと認定しています。
上記裁判例よりも早い時期に危険性の認識が可能であったと判断した裁判例もあります。
岐阜地判令和6年1月31日は、
から、遅くとも原告が従事を開始した昭和34年3月頃には、被告会社は、原告を含む被告の従業員が石綿粉じんに曝露することにより、石綿肺等に罹患するなど、その生命、身体等の安全が害される危険性があることを当然認識することができたと認められ、また、認識すべきであったといえると認定しています。
除斥期間とは、その期間が経過すれば、権利が消えてしまう期間を言います。
石綿被害に基づく損害賠償請求の場合は、労働者が石綿にばく露していた時期の法律が適用されます。そのため、適用されるのは令和2年の民法改正前のルール(以下、「改正前民法」と言います。)ということになります。
改正前民法においては、不法行為に基づく損害賠償請求は損害及び加害者を知った時から3年で消滅時効にかかります。不法行為の時から20年を経過したら除斥期間にかかります。債務不履行に基づく損害賠償請求の場合は、10年間請求しなければ消滅時効にかかります。
時効は、請求された相手方がその効果を使うことを主張(援用)して初めて効果が生じます。公平の観点から、時効の援用は認められないと裁判所が判断することもあります。
一方、除斥期間は、その期間が経過すれば当事者の主張に関わらず、法律の効果で絶対的に権利が消えてしまいます。石綿による健康被害は発見が遅くなることが多いため、「不法行為の時」、つまり、除斥期間の起算点(20年のカウントダウンをスタートさせる時点)をいつにするかが問題となります。
この点、大阪高判令和7年4月1日は、以下の2つの判例を参照しました。
→この判例から、損害発生時が除斥期間の起算点になると解釈しました。
そして、じん肺の病状の進行が現在の医学では確定できない性質を確認し、「じん肺被害を理由とする損害賠償請求権については、その損害発生の時、すなわち最終の行政上の決定を受けた時が除斥期間の起算点となる。」と判断しています。